プロローグ

私の名前はウルフリーン・カムベック。
狼人間の父と人間の母を持つ狼人間もどきです。
満月の夜には狼に変身することができます。というか、強制的に変身してしまいます。
そんな私がこの組織に入ったのはつい最近のことです。
世界が、こんなことになって間もなくの頃でした。
…今、私たちの住む世界は…終わりに向かっています。
どうしてこんなことになったのか、誰にもわかりません。
気付いたら、目の前の景色は荒れ果てていて。気付いたら、家族が死んでいました。
そして…周りには化け物がいました。フィクションでしか見たことのないようなそれです。
そう、化け物。今この世界を支配している生物と言っても過言ではないでしょう。
家族は突然現れた化け物に殺されたのです。わけもわからずに。
運が良かったのか悪かったのか…自分だけは生き残っていました。
皆、そんな感じだったと聞きます。それを現実と受け入れるのには苦労しました。
そんな風に唐突に訪れた『世界の終り』から、生き残った人々の集まりがこの組織です。
正式名称はありません。そんなこと考えている暇などないのです。
私達の仕事は大きくわけて2つあります。
ひとつは世界を巡って、生存者を探し保護すること。(ついでに組織の人員にすること。)
もうひとつは、世界の復興。今のところは化け物の駆除や物資の生産、でしょうか。
現在ほとんどの人員は前者に割り当てられています。
深刻な人手不足、なのです。
しかしそれも仕方のないことです。
生存者が今こうしてここに集まれている事自体、奇跡なのですから。

前日

そんなわけで、私は明日から生存者を探す旅に出なければなりません。
組織から支給された銃と食料、特殊な薬やら何やらを鞄につめているところです。
正直、不安です。あんな化け物と戦うなんて。
組織内で作られている薬には、人の細胞組織をどうこうする力があって
腕や足を引きちぎられたりしても、くっつければ治るそうです。
簡単に言いますが、痛いことに変わりはないでしょう…。
そもそも、腕や足を引きちぎられる前提でやれと言われていると思うと
なんとも嫌な気分になります。はぁ…。
私は車とか、バイクとか運転できないので徒歩での旅になります。
組織の有難い薬で疲労感などはなんとかなるそうですが。
というか、車やバイクなんてほとんど壊れて使えませんけれど。
そんなことを考えつつ、銃の手入れをしていました。
銃なんて、今まで使ったことないです。
組織に入るにあたって、多少のレクチャーは受けましたが
実戦経験はゼロなのです。こんなんで化け物と戦えるのでしょうか…。
考えても仕方がないので、今日は早めに寝ることにします。
組織の拠点である建物内の固いベットに横たわり、瞳を閉じます。
ひとりでも多くの生存者を助けられますように…。


1日目

拠点からそう遠くない廃ビル内。
異様に植物が生えていたので、気になって入ってみました。
化け物の根城に侵入するみたいで怖かったのですが
生存者がいたら助けなければいけませんしね。
しばらくは壁や天井や床、いたるところに絡みついた植物があるだけで
何も襲ってはこなかったのですが最深部と思しき部屋に差し掛かった時
『それ』は姿を現しました。…いえ、姿は最初から見えていたのです。
この建物全体に広がる植物は、『それ』の一部でした。
私がそのことを理解するより先に『それ』は動きました。
私の背後、背中から腹を一気に貫いたのは植物のつるでした。
そのまま私を軽く持ち上げると地面に叩きつけます。
痛みと衝撃で息をするのもやっとでした。
私が動かなくなったのを死んだとでも思ったのか、つるはするすると戻っていきました。
それをなんとか目で追うと、『それ』の本体にたどり着きました。
天井から、シャンデリアのように下がったつるの塊。
その中心に真っ赤な果実のようなものが見えました。
きっとあれが本体だ、と思いました。そして、
パンッ!
私は残りの力を振り絞り、腰のホルスターから素早く銃を抜くと、『それ』の本体を撃ちぬきました。
一瞬、もだえ苦しむようにうねった後に、『それ』は動かなくなりました。私の勝ちですね。
ただ、私もだいぶ痛手を負ってしまいました。
お腹からはとめどなく血が流れ、内臓も見えちゃってるかもしれません。
痛みで意識は朦朧としています。まさかいきなり組織の有難い薬を使うことになるとは…。
次からは気を付けなければなりませんね。


2日目

安全そうな建物内で一夜を過ごし、次の日。
昨日貫かれたお腹はすっかり元通りでした。薬、すごいです。
しかし、あのようなことはできるだけ避けねばなりません。
この有難い薬だって無限にあるわけではないのですから…。
初戦でそうとう疲れていたのか、起きたのは昼過ぎ頃でした。
まだ拠点のある地区から出てすらいないので、少し急いだ方がいいかもしれません。
こうしている間にも、生存者の命は危険にさらされているのです。
私はさっと立ち上がり、歩きはじめました。
…どれくらい歩いたでしょうか。気が付けばすっかり日も暮れていました。
今日中にはこの地区を出たいと思っていたので、少し無理をして
夜中まで街を歩いていたのがいけなかったのかもしれません。
そろそろやっとこの地区から外に出られるという時に、私は襲われました。
背後から、でしたね。頭突きを食らいました。
私はとっさのことにも関わらず綺麗に受け身をして、頭突きしたやつを見据えました。
一言で言うと、猫…でした。化け猫、とでも言うのでしょうか。
全長は私の倍あって、両目に加え額にも大きな目玉があり
ところどころ皮膚が破れ、尻尾の先は裂けている気味の悪い猫でした。
私はすぐにホルスターから銃を抜き、化け猫目がけて引き金を引…こうとしました。
が、残念ながらそれより先に、化け猫が私の右腕を引きちぎりました。
皮膚が筋肉が脂肪が骨がぶちぶちと音を立てて勢いよく千切られる様は、とても恐ろしかったです。
私は引きちぎられた右腕を抑えながら、必死に意識を保ちました。我ながら頑張りました。
どんなに怖くても…こうなる覚悟は、してきたつもりでしたから。
化け猫は私の腕を持ち去ろうとしていたので、私は右腕を抑えるのをやめ、左手で銃を持ち、撃ちました。
一応、二丁拳銃なのです。つまるところ、片腕がなくなっても銃は使えるんです。
でもまぁ、無我夢中だったので乱射したことは白状します。
なんとか右腕を奪還、その後有難い薬で再生したのでした。


3日目

拠点のある地区を出て、しばらく歩くと海が見えました。
その時、空はどんより曇っていて、海は深く暗い色をしていました。
海上のさほど遠くない場所に、難破船のようなものを見つけたので、見に行ってみることにしました。
もしかしたら生存者がいるかもしれません。こういうところまでしっかり見ておかないと。
・・・まあ、いませんでしたね。はい。
どうも私は慎重すぎるというか…かもしれない運転というか…。
生存者発見レーダーとか、開発されませんかね。組織の開発部の方に提案してみましょうか。
そうやって私がとぼとぼ戻ろうとしている時でした。奴は現れたのです。
タコでした。でっかいタコ。気味の悪い模様が浮き出ていて気持ち悪かったです。
でっかいタコはその触手で私を掴みあげると、ギリギリと締め付けました。
苦しい。し、ぬめぬめして気持ち悪い。嫌悪感マッハです。
ちょうど雨も降ってきて、髪や服がびしゃびしゃに。嫌悪感マッハを超えました。最悪です。
私は重なる不運にもはや怒りを覚え、目の前にいるタコにその思いをぶつけてやることにしました。
まず、なんとか鞄に手を潜らせ、ある薬を取り出します。
組織の有難い薬は回復剤だけではないのです。対化け物用の薬品もちらほらあります。
私はその中から、人間には害はないけど化け物には害のある薬を取り出しました。
名前?知りません。そもそもつけてないんじゃないでしょうか。
ニガナバガ薬と名付けましょう。無理やり省略しただけですが。
私はニガナバガ薬を、私を絞めつけているタコの足に思いっきりぶっかけました。
下からなのでぶっかけるという表現はおかしい気もしますが。
しかもニガナバガ薬はスプレー式なので吹きかけるが正しいのでしょうが。
超至近距離からニガナバガ薬を食らったタコは悶絶しました。同時に私も解放されます。
しかしこれ、人間には害がないというけれど匂いがすごいです。その点では害ありまくりです。
ニガナバガ薬がそうとう効いたのか、タコは海底へ逃げて行きました。
私はうまいこと難破船の上に着地したので、荷物は水浸しにならずに済んだようです。
…まぁ、雨も降っているので無事かどうかは怪しいですが。ニガナバガ薬の匂いも、ついていそうですしね。


4日目

世界が終わりを迎えて以降、気象もおかしくなっており、急に雪が降ったり日照りになったりしていると聞いています。
これが、そうなのでしょうか。この様子だと雪が降ってきてもおかしくないです。
…案の定、雪は降ってきました。しかし思ったよりも穏やかな雪だったので良かったです。
しんしんと降り積もる雪は幻想的で、なかなかに素敵でした。
と、雪に見とれながら歩いていると、なんだか高い塔のようなものが見えてきました。
これは、なんでしょう?全体的に氷のような冷たい雰囲気を纏った塔です。
興味が惹かれたので登ってみることにしました。あ、いや生存者がいるかもしれないので、の間違いです。
しばらく登ると、階段の上の方で黒猫がこちらを見ていました。かわいいです。
近づくと逃げられてしまいました。撫でたかったのでちょっと残念です。
と思ったら、振り返りこちらをじぃっと見つめてきました。
もしかして、案内でもしてくれるのでしょうか。かわいいやつです。
私は黒猫に導かれながら、塔をどんどん登って行きました。
だいぶ登ってきたところで、黒猫はぴたりと止まりこちらを見つめてきました。
どうやらこの上が最上階のようです。長い道のりでした。
私は黒猫に道案内の(一本道ですが)お礼になでなででもしてやろうかと、手を伸ばしました。
するとどうでしょう、黒猫は私の腕にガブリと噛み付き、肉をごそっと持っていきやがりました。
息つく暇もなく、黒猫はそのまま傷口に自らの尻尾を押し付けました。というか、刺しました。
黒猫の尻尾は、いつのまにか蜂の毒針のような形状になっており、毒を注入していることがわかりました。
私は思わず黒猫を振り払うと、その場に座り込みました。毒が廻ってきたようです。はや。
黒猫の方はくるりと一回転して華麗に着地すると、じぃっとこちらを見つめてきました。
私は息も絶え絶えに、鞄の中から解毒剤を取り出しました。どんな毒にも効くそうですが、本当なのでしょうか。
そんなことを考える余裕もなく、私は解毒薬をがぶ飲みしました。にっが。
すると呼吸さえ困難だったのが、ゆっくりと元に戻っていきます。どうやらどんな毒にも効くのは本当だったようです。
黒猫はそんな私の様子を、表情のない顔でじぃっと見つめた後、最上階へ逃げて行ってしまいました。
追う気力もない私は、そのまま毒が完全に治るのをじっと待っていたのでした。


5日目

黒猫の塔から生還した次の日。その日は雨でした。
雨は好きじゃないです。髪の毛はねるし、水に濡れるのは苦手です。
そんなわけで、傘も持っていない私は普通に雨宿りをしていたのでした。
まあ、荷物や銃が濡れるとダメですしね。服も何着も替えがあるわけじゃないので。
ちなみに今私が雨宿りしている場所は大きな木の下です。意外と濡れないんですね。
空を見る限りしばらく止んでくれそうにないので、とても暇です。いやまぁ、破れた服の修復とかやってるんですけど。
と、そこに。私の心中を察したのか、化け物が現れてくれやがりました。ありがた迷惑です。
それも大きなムカデの化け物でした。気持ち悪いことこの上ないです。
ムカデは視界に私を捉えると猛スピードで襲ってきました。が、私はそれを軽くジャンプでかわします。
裁縫とかやっていた私ではありますが、いつでも動けるようにはしているのです。そこまで呑気ではないです。
標的を失ったムカデはそのまま大木に激突しました。逃げるなら今ですね。
私は森の中を走りました。この際雨に濡れるのはいたしかたないです。
しばらく走ると、なんと神社につきました。神社って日本にあるものじゃありませんでしたっけ?
テレビ等でよく見るような神社ではなく、トリイ(うろ覚え)と小さな…社?だけがある、こじんまりとした神社でした。
私がその光景に驚いていると、後ろからものすごいスピードでムカデが迫ってきました。
ハッとしてかわしたつもりでしたが、右腕を少し負傷してしまいました。
まあ、このくらいならすぐ治るでしょう。問題は服の方です。また裁縫タイムを作らなければいけません。
ムカデは勢いのままトリイにぶつかりましたが、めげずにそのトリイに巻き付き、私を見据えてきます。
こうしてみると、案外あのムカデはこの神社の神様なのかもしれませんね。変な模様ついてるし。
まるでその神社を守っているかのようにも見えましたが、それはきっと、気のせいでしょう。
私は真正面から、威嚇体勢にあるムカデに銃を向け、何の躊躇いもなく引き金を引きました。
弾はムカデの頭部に直撃しました。我ながらナイス射撃です。とてもかっこよく決まったと思います。
嘘です。本当は一発じゃ決まらなかったので何発か撃ちました。ムカデ、固いです。
ムカデは一度大きくうねると、トリイから剥がれ地面に落ちます。そのまま動かなくなりました。
神様まがいのムカデの最後は割とあっけないものでした。



6日目

謎の神社を後にし、しばらく歩くこと数時間。
今度はボロボロの屋敷を発見しました。洋館…ですね。
先ほど入った情報によると、世界各地でこのような現象が起こっているようです。
昨日の神社や、一昨日の塔など…世界が終わる前には、そこにはなかったと言います。
つまり、あるはずのない建物が各地に出現しているのでしょうか。それとも、元は別の場所にあった建物が移動している?
どちらにせよ、不可解なことです。化け物のことに関してもそうですが。
わからないことだらけです。何もかも不可解で、意味不明で、理不尽です。
と、暗くなってきたので、その洋館に入ってみることにしました。今日の寝床にしようかと。
化け物がいたら、寝床どころじゃないですけどね。
とか言っていたら本当に化け物が出てきました。しかも大量に。
サソリの化け物でした。しかもでかい。なんで化け物ってみんなでかいんですか?怖いです。
まずったな…とは思うものの、野外で寝るより屋内で寝たい私はそいつらを一掃することにしました。
サソリと言えば毒がある生き物ですが、今の私には組織の有難い薬があるので、そこまで怖くありません。
さっそく一階のエントランスにいるサソリどもを撃ち殺そうとしたのですが。
思った以上にサソリの動きは早く、私は背後から毒針を刺し込まれてしまいました。あっけない。
サソリの毒がどのようなものであれ、大量のサソリのいる屋敷の中心で意識を失いでもしたら、確実に死んでしまいます。
私はすぐに解毒薬を使えるように鞄に手を伸ばそうとしました…が。
なんと、サソリは毒などもっていませんでした。その代りに…
バチバチバチィッ!!!!
私の体に激しい電流が流れました。衝撃で、その場に倒れこみます。
体の自由がききません。感覚が麻痺していて、何もできないのです。ピンチでした。
しかし、サソリはそれ以上私を襲ってはきませんでした。
人を食べたり、いたぶったりするタイプの化け物ではなかったようです。とてもラッキーでした。
どうやら、いきなり現れた私にびっくりしただけのようです。その後、体の自由を取り戻した私はそそくさと外へ出ました。
屋内で寝るのは諦めるしかなさそうです。私はしぶしぶ森の中の安全そうな場所に小さなテントを張りました。
いくら襲ってこないとは言っても、あんなにサソリがいる中で寝るなんて無理ですから。


7日目-Morning-

翌日、サソリ屋敷を後にして森の中を歩くこと数十分。
開けた場所に出たと思ったら、川に到着したようでした。
幸い綺麗な水のようですし、飲み水の補給でもしておきましょう。
そう思って水筒を手に川へと向かった私なのですが。
バサバサバサッ
さながら鳥が一斉にはばたいたかのような音を立てながら、何かが来たのです。
上空を見上げると、その正体を目撃することができました。
音の正体は…なんというか、植物の集合体のようなもの、でした。
それも巨大な。3メートルはゆうに超えています。
その巨大な植物は四方八方に伸びた巨大なつるを足の代わりにして移動していました。
その様子に呆気にとられながらもよく見ると、植物の中央には少女と思しき人影が見えました。
しかしその少女も、植物でできているかのような容貌です。ファンタジックです。
とりあえず、人の形をしているということは意思の疎通が可能かもしれません。
私は未だ移動を続けている少女に呼びかけてみることにしました。
「すいませーん、そこの大型植物のお嬢さーん。少し止まってはくれませんかー?」
すると植物少女はこちらを一瞥しただけで、移動をやめることはありませんでした。
やっぱり会話は不可能なのでしょうか。というか彼女も化け物の類なのでしょうか。
私が思考を巡らせていると、植物少女の足(つる)が私の左腕を撥ねました。
!?左腕を撥ねた…?え、腕ない。
「ぐぅ…あっああぁぁあ…!」
気付いた瞬間激痛が走ります。痛い痛い。めっちゃ痛い。
そしてよく見ると、いつのまにか植物少女の周りには蝶の群れがありました。とても幻想的です。
どうやら私を敵とみなしての臨戦態勢のようです。
撥ねられた左腕は植物少女のつるに奪われたままでした。はやく取り返さねば…。
かくして、私と植物少女の戦いが幕を開けたのでした。



7日目-Daytime-

左腕には応急処置をしつつ、右手にはハンドガンを構え
植物少女を追いかけて、霧深い湖までたどり着きました。
相変わらず植物少女はその巨大なつるで私を仕留めようとしてきます。
この辺一帯、彼女のテリトリーなのでしょうか。もしかしたらそれに対して怒っているのかもしれません。
私はそれを華麗にかわしながら追いかけていたのですが、ここはどうも霧が濃すぎます。
木々の背も高く、植物少女がどこにいるのかまるでわかりません。
しまったな…と思いました。きっとここも彼女のテリトリーのはずです。うまく誘導されました。
私は人よりほんの少し優れている耳を頼りに植物少女を探します。
しかし彼女は湖に来てから、姿を現さなくなりました。攻撃もしかけてきませんし…逃げたのでしょうか。
それはそれで困ります。私は左腕を一刻も早く取り返さないといけないのです。
自分の腕がないのは精神的にきついです。利き腕じゃないだけましかもしれませんが…。
と、その時私の耳にガサリ、という音が入ってきました。
瞬時にそちらを振り向き発砲します。乾いた音が響きました。
が、それがどうやらダメだったようです。とんだ墓穴を掘ってしまいました。
その発砲音を聞きつけた植物少女の部下(?)である蝶の大群が私を取り囲みました。
私の視界が蝶で遮られてしまいます。やばい。
私が焦って銃を乱射していると、急に蝶の群れが散りました。パッと、いなくなりました。
疑問符を浮かべる前に、私の腹部を植物のつるが抉りました。血しぶきが舞います。
私はその場に膝をつき、抉れたお腹を押さえながらあたりを見渡します。
すると私の正面、木々の間に植物少女を発見することができました。
彼女はこちらを見据え、次の攻撃に出ようとしているところでした。そうはさせるものか。
私は鞄の中からニガナバガ薬を取り出し、攻撃を仕掛けてきたつるに向かってスプレー缶ごと投げつけました。
パンッという破裂音と共に缶は破壊され、同時に中身もあたりにぶちまけられました。
案の定、薬をいたるところ(主に足もといつる)に浴びた植物少女は一瞬のた打ち回った後、逃げて行ってしまいました。
逃げる際、私の左腕を落っことして行ってくれたのはとても有難いですね。
私はおぼろげな意識の中、左腕と腹部の回復作業に移るのでした。


8日目-Morning-

植物少女と死闘を繰り広げた次の日。
あんな危険な生き物を放ってはおけません。私は彼女を追うことにしました。
逃げたルートはわかります。ニガナバガ薬の匂いをたどればいいのです。
普通の人じゃたぶん無理でしょうが、私は嗅覚も優れているのです。ほんの少しですが。
というわけで到着したのが、この植物まみれの遺跡。おそらく彼女の根城なのでしょう。
慎重に中に入ります。案の定、一歩足を踏み入れただけでつるの攻撃がお出迎えしてくれました。
それをかわしつつ、奥へ進みます。中は案外広くはありませんでした。
というかそこらじゅうが崩れてしまって、いたるところを瓦礫が埋めてしまっています。
おかげで目当ての植物少女は簡単に見つかりました。
どうやら昨日の戦いがだいぶ痛手だったようです。彼女は座り込んでこちらを睨んでいます。
まあ彼女が動かなくてもつるが攻撃してくるんんですが。
ビュンビュン襲い掛かってくるつるを避けながら彼女に近づきます。
その距離が3メートル、2メートル、1メートルに差し掛かった時でした。
ビュンッ
それまで座り込んでいた彼女の下腹部あたりから、一本のつるが私めがけて伸びてきたのです。
かなりの至近距離まで近づうていた私にそれを避ける術はなく。
「あっが…!?」
ズブリ、と容赦なく私の腹を貫通したつるは、私を宙へ持ち上げます。
あぁ、そういえば似たような経験をつい最近しました…とか考えている場合ではありません。
植物少女はそのまま自分の頭上近くまで私を持ってくると、その頭に乗っている大きな花の口をばがっとあけました。
完全に食べる気です。植物のくせに肉食でした。
私は大人しく食べられる気などさらさらないので、腹部の激痛を堪えながら銃を構えました。
パン、と乾いた音が遺跡内に響き渡りました。私の撃った弾は見事植物少女の脳天を撃ちぬきました。まぁ、ほぼゼロ距離射撃でしたし。
そのまま後ろに倒れる植物少女。どさりと大きな音を立てて、そのまま動かなくなりました。
どうやら一発でケリを付けられたようです。良かった。
その後腹部の傷を組織の薬で治療し、植物少女との戦いは幕を閉じたのでした。


8日目-Daytime-

「…あ、あの…」
「…?」
突然かけられた小さな声。ほんとうにか細い声で、私じゃなかったら気付かないような声でした。
ちなみに日本語のようなイントネーションだったので、日本語で対応してみます。(組織に入る際にこの辺も学びました。)
「誰かいるのですか?」
「あ…ここ…あの、あなたの、目の前の…」
「目の前…?あ」
言われた通り、目の前をよく見ると。ちょうど瓦礫が影になっていて、言われなきゃ気付かない位置に彼女はいました。
「そんなところにいたんですね。…しかし、ここはさっきの化け物の根城だと思っていたのですが、どうしてここに?」
「あの…私、いつの間にかここにいて…そしたら、あの化け物が来て…こわくて…」
「大丈夫ですよ。あの化け物はもう倒しましたし。これからは安全な場所で生活できます。」
「もう怯えなくても、いいんですよ。」
私がそう言うと、安心したのか彼女は泣き出してしまいました。しばらく傍で背中をさすります。
「えぐ…う、助かった…の?私…」
「はい。だからほら、一緒にここから出ましょう。立てますか?」
「う…うん…ぅ…ぐす」
私の手を借りながら、彼女は立ち上がりました。こうしてみると、彼女はとても小柄です。
明るい茶髪に、琥珀色の瞳。服装は学生服のように見えます。年は私より下でしょうか。
「そういえば、名前を聞いていませんでした。私はウルフリーン・カムベックと言います。あなたは?」
「わたしは…琥珀、桐原琥珀、です。えっとウルフリーンさん、ですか?外国の方…?」
「あぁ、ウリンでいいですよ。言いにくいでしょう。そうですね、外国…出身はロシアです。」
「そ、そうなんだ…日本語、上手ですね。」
「えへへ、そうですか?」照れます。
「とりあえず、ここから出ましょうか。琥珀さんを安全な場所に連れて行くのにはまだ時間がかかりますが、私がちゃんと守りますから。 」
「あ、はい…ありがとうございます。」
こうして私は第一の生存者を救出することができたのでした。


 

 

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